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2006年02月28日Tue [11:46] 徒然の話題  

匿名社会座談会から

最近の日本を蝕む個人情報への過剰反応について、少し考えて見たい。

――個人情報保護法の全面施行後、多くの過剰反応が起きている背景に、個人情報とプライバシーが混同されている面はないか。

堀部 それはある。両者は重なるが、違う概念だ。日本に最初入ってきたのはプライバシーで、他人の私生活をのぞき見するような記事に対抗する訴訟の中で主張された。以後、プライバシーは表現の自由とのバランスをどう取るかという点から議論されてきた。一方、個人情報は、1970年代にヨーロッパで情報保護の立法をする過程で、プライバシーの定義が難しいので、制度化するなら比較的範囲が明確な「パーソナルデータ」、つまり、個人情報にしようという考えから出てきた。

〔privacy〕個人的な日常生活や社会行動を他人に興味本位に見られたり干渉されたりすること無く、安心して過ごすことが出来る自由。

確かに。

個々人毎に、その社会通念上許されるプライバシー範囲を定めるのは無理が有りますね。

今回の民主党が迷走している原因の1つも、政治家武部幹事長の息子でも私人であり、守られるべきプライバシーが有る事を民主党の指導部が軽視した事に起因します。ましてや、個人情報まで出せと言うに至っては噴飯ものですね。

【社会通念】その時代その社会一般の人に支持されている常識や、その枠の内にとどまることが良しとされる判断。

――個人情報には、守られるべきものと有効利用されるものがあるのに、なぜ、このような過剰保護の傾向が強まるのか。

山岸 伝統的な共同体では、お互いの情報は筒抜けだ。あなたは私を、私はあなたをコントロールできるからお互いひどいことはできないと、そうして秩序を保っていた。その「安心社会」が限界を迎え、新たな社会秩序が必要になった。だが、安心社会に慣れた人は、見知らぬ人が自分のことを知っているのに、自分はそのことをコントロールできないので大きな不安を感じ、情報を提供するメリットに目が行かなくなる。これはかなり根深いもので、進化的な基盤も関係がある。

――進化的な基盤とは?

山岸 不思議なことに、人間には類人猿の中で唯一、白目の部分がある。(瞳が)どこを見ているか分かり、スキを見せてしまうから不利なのに、なぜ白目を進化させたのか。それは、他者に目を見てもらう必要があるからだ。「私には悪意がない」と伝えることが、社会を作るのに重要だった。

白目を見せないのは、サングラスをかけることと同じだ。今まで安心を提供していた閉ざされた社会が崩れることへの不安が強くなりすぎ、皆、サングラスをかける。これが今起きていることで、それで社会を営めるのかというのが匿名社会の問題点だ。社会的ジレンマの一種で、皆、不安に駆られて情報を出さなくなれば社会は成り立たない。

ここでコントロールなどと、些か過激な表現が入っていますが、実は至極当然な事を言っているに過ぎないと思います。

世の中は仮想(ネット)社会に移行しつつあり、そこでは匿名やハンドル名での言論暴力が横行しつつあります。これは現実社会でも同様で、何処かで入手した情報を基にした勧誘や詐欺メールを経験する人も多いでしょう。

日本がムラ型社会から都会型社会に変わった以上、人々はお互いのカオ(素性など)を知らずに関係を持たざるを得なくなる。しかしこの相手のカオが見えない関係は、つまり相手の目が何処を向いているかが見えない関係でも有る。

だからこそ人は不安に駆られ、自分の情報を過剰にも見えるくらい抑えようとする。

個人事を書けば、私は今年に入ってからブログで葛城を名のっています。これは元々の名前であり、三光とは私が一時的に使っていたハンドル名でしか無いのです。

しかし前回のエントリーで紹介した【Letter from Ceylon】さんとかでは、それでも【寄り道ばかりの雑記帳】の横に「三光さん」と紹介されています。

これは三光と言う私のハンドル名がMLで(その一部)知られたハンドル名ですから、その表記を見た人が安心(ひやかしかも?)して、ここを訪れられるように配慮されたか。

ここにも、やはり安心感が有るのでしょうね。

私も長年、丁々発止とMLで書き続けてきましたから、その私が書く文章に関しての安心感とでも言うか。。。な?。

私なら間違っても誹謗中傷だけで書き逃げなどしないし、寧ろ真正面から受けて立つだろうとの安心感が有るのでしょうね、だから「三光さん」としているのでしょう。

つまり、私の黒目が見えている。

――伝統的なムラ社会も企業も崩壊し、次のステップが見えていない不安感があるということか。

江川 犯罪の認知件数が減っても「体感治安」は悪化している。振り込め詐欺とかカード偽造とか個人情報を悪用する事件の情報は、必要ではあるが、不安を高める役割も果たす。漠然とした不安に包まれて今の人たちは生きている。

堀部 歴史的には、工業化社会になって個人主義が強まり、さらに都市化が社会の変容をもたらして、プライバシーが権利として主張されはじめ、守るべきものとなった。一方、情報化社会では情報が大量に瞬時に駆け巡り、悪用の例もキリがない。その恐れを考えると、過剰反応も起きる。個人情報を悪用してもうけてやろうという例は、80年代からあった。どうしてもルールは必要になる。

江川 これまでは顔が見える人とだけつき合っていたのが、インターネットの普及が進み、顔が見えない人とのやり取りが増えている。自分が一度発信した情報がどこにどう伝達されていくのか見えないことが、不安や警戒心をより強めているのではないか。

山岸 弱者を保護するために個人情報を出さないようにしても、犯罪を企てるような人間はどんな手段を使っても“獲物”を探し出すだろう。それより、犯罪にどのように対処していくのかを教える教育のほうが重要だ。

体感治安の悪化は多分に過剰報道にもよりますが、ここはやはり対処法の教育が重要です。

グルグルスパイラルな不安化社会では、まずは犯罪が成立しにくくするのが先決と思われるからです。それには情報悪用の厳罰化を進めるのと同時に、対処法の周知徹底しかないと思えるのです。

それも、トコトンやる。

昨年末からの某企業のように、政府広報も期限を決めて全ての政府系CM枠で流す。悪質な手口の紹介と、その対処法を書いた冊子(マニュアル)を全家庭・事業所に配布する。

民間の企業が出来て、国が出来ないという事は無いのですからね。

**********

個人情報も上手く管理すれば、人々に快適な生活を約束してくれます。

インターネットでは、このようなブログを書けますし、また読めます。知識だって、それまで知らなかった事を簡単に知る事ができます。行きたい映画や演奏会のチケットも、各地の特産品だって買えます。

インターネット以外でも子どもの通う校区に不審者があれば、即座に知らせてももらえます。突然の災害時や、高齢の一人暮らしでも、周囲の協力を得る事だって出来ます。

ようは、この新しい時代に合った情報の管理方法を知る。知らせる。これが大事です。

無闇に人々の不安を煽るだけの対応では、益々と住みにくい社会に成るだけですからね。

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