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2006年05月23日Tue [18:58] 徒然の話題  

教育基本法を巡って

教育基本法を巡って、与野党の攻防が本格化している。

もし現教育基本法が戦後占領下での法律でも、問題が無ければ変える必要はない。占領下に重要な法律を押し付けてはいけないと言うのが国際法の常識であっても、日本が今から言っても遅いし、まるで意味もない。

問題は、現教育基本法に【問題】が生じているからに他ならない。この問題が昨今の日本人社会に影を落とし、各種の断面が垣間見られるからこそ改正が求められている。

まずは愛国心の問題であるが、与党が「我が国と郷土を愛するとともに、他国を尊重し国際社会の平和と発展に寄与する態度を養う」とするに対して、民主党案では「日本を愛する心を涵養し、祖先を敬い、子孫に思いをいたし、伝統、文化、芸術を学び・・」等々と続く。ここだけで判断すると、民主党案の方が「より世界基準に近い」だろう。

しかし愛国心の問題は、世界基準に近づけたいだけとの理屈だけでは危険だ。

またこの愛国心の問題は、従来日本なら地域社会が担ってきた事柄ではあるが、この地域社会が日本全国規模で壊滅した現状ならばこその、些か疑問を抱きつつも公教育に委ねるしかない。尤も公教育における精神教育など、肥前鍋島藩の葉隠れ教育から始まる維新政府の教育などが既に否定されている経緯も有るので、長期的に国民サイドが注視していく必要は有る。

次に愛国心の基本は鐘楼のパトリ(源郷)、日本では鎮守の森から流れる鐘の音が聞こえる範囲に愛着を持ち、其処に住む人々を愛する心である。それを1本化して束ねる為に用いてきたのが、近代国家(ネーション)とも言える。

日本では徳川幕府からの経験により長く下地の有った事柄では有るが、諸外国の多くは未体験ゾーンに突入するようなものだったろう。したがって民主党案のように曖昧模糊な言葉を連ねて、何でも愛国心高揚の道具たりえる余地を残したのだ。

しかし昨今は世界規模のグローバル化により、この種の狭窄的な愛国心では他国との軋轢を生じやすい。また、国内の民族間でも軋轢が生じる可能性も有る。つまり日本とは私が常々指摘している様に、平安の昔以前からの多民族国家なのである。多くの民族が合体しての、今の日本民族である。民族主義とは言えど、このように近代国家での民族とは多くの民族の集合体を指す事が多い。その多民族国家としての経験は日本も長く、アメリカなども9.11テロの共同体験によりアメリカ民族たりえる可能性は有るが、まだまだ数世紀の時間は必要だろう。

さて民主党の言う日本とは、誰の祖先を敬うのであろうか。

如何にも、狭窄的な考えである。

日本のおかれた歴史と、それを解決してきた先人達の叡智には遠く及ばない。愛国心問題では与党案の「我が国と郷土を愛する」方が、余程洗練されている。

結局は昨今の治安や風紀の乱れに端を発する愛国心論であろうが、この問題については単なる羨望や拒絶感だけでは論ぜられない。古今東西の国家群が経験してきた、また経験している問題も考慮する必要が有るのだ。

けして「涵養」などと曖昧な言葉に騙されず、それがエスノセントリズムやファシズムに利用される事の無いように釘を刺しておく方が良い。それが与党案の「我が国と郷土を愛する」であり「他国を尊重し国際社会の平和と発展に寄与する態度を養う」なので、これすら理解できない人々が「国を愛する態度とはなんだ」とか「愛国心なんか強制するものでは無い」などと頓珍漢論議に話を咲かしているのだ。

本質は、誰もが暗い夜道を歩ける事である。深夜の砂浜で、心行くまで星空を眺めていられる安心感である。この問題での右傾も左傾も共に夜道をより一層暗くし、益々日本の将来を流動的にする。

ここは他人任せにせず、私達も声を大にして話し合うべきでは無いだろうか。

最後に宗教的情操であるが、基本的な倫理観や道徳観を教える際には必要になる。それを何時しか蔑ろにしていた世相が、日本で昔話の衰退にも繋がっていると言っても過言ではないだろう。事実、最近はポピュラーだと思われてきた昔話も若者には通じないのだ。

此方は民主党案の方が好ましく、「宗教的感性の涵養」と盛り込まれている。

日本は東洋系なので欧米やイスラームにように特定宗教に嵌り込む恐れは無いが、さりとて宗教心を持たない人が世界で信用されないのも事実である。やはり子どもの頃から宗教に対する道筋だけは、つけておくのも必要だろう。

愛国心に宗教心。この下地を持たぬ人間は、世界でも信用されない。

または、話が出来ない。

相手と、相手の国と同じ土壌(愛国心なり宗教。これが物差しともなる)を持たぬ、存ぜぬでは信頼ある関係(話)すら出来ぬのも当然と言える。誠、変な教育基本法が今まで罷り通っていたのだ。


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とまあ、ちょっと文体を変えて書いてみました^^。




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