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2006年06月20日Tue [14:51] 日本の話題  

英語教育の基本

最近は語学教育の重要性が大きく言われ、その中でもとりわけ、英語の重要性が再認識されているようです。英語に中国語等々、それら各国語がグローバル化な将来に必要とされているのですね。これら語学教育に共通する事に、その学習は早ければ早いほど(年齢が低いほど)良いとされ、小学校低学年での教育に論点が集中するのも無理は有りません。

実社会に出ても外国語は必要で、今や昇進の必要条件にも成っています。

ただ「語学学習は早ければ早いほど良い」という理由の1つに、子供が持つ鋭敏な音感が有る事が、昨今の議論からは忘れられているような気がします。世界の言語が持つ発音数は数千種類と有り、これらを聴き分ける音感が有ってこその、はじめて他国の言葉が理解出来る部分が有るからです。発音数の多いインド人などからすれば、日本語の発音程度なら簡単に聴き分けるでしょう。しかし日本人には、お馴染みである英語発音の【耳】と【年】すら聴き分けられるかどうか。それくらい日本語の持つ発音数は少なく、普段聴かない発音を聴き分ける事が難しいのです。そして聴き分けられない発音が喋れる筈もなく、相手に通じない外国語と言われる所以でしょう。

日本語ですら旧仮名の【ゐ】【ゑ】を、今時の日本人(私も含む)は聴き分けられないくらいに。たぶん日本語の発音は100から、200の数でしか無いのです。それが普段聞き慣れない数千種の発音に戸惑うから、聴き分けられない。喋れないとなる訳です。

いくら学校で難解な英語の授業を受けても、流行の音楽1つ分からない。字幕なしでは、最新の映画1つすら鑑賞出来ない。これではまるで日本の英語教育は【ダヴィンチ・コード】のように、子供達にとり暗号でしか無い。

楽しく無ければ当然、効率は落ちる。思えば小学校時代とは、無味乾燥した事物の記憶作業に追われる時代です。普段使う訳もない漢字に地理や歴史、数式なんかも現実離れした公式や単位を習う時代です。はい、私は彼ら子供の知的領域範囲で語っています。大人である私達と彼ら子供達の関心有る領域は、当然ながら違うのです。

これを打開する為には幼児用の音楽CDなどが有り、幼稚園などではCDに合わせて英語の歌を歌ったりします。【ロンドン橋おちた】など簡単な歌で、ついでにabcや綴りを教わりながら歌っているのです。ここに難解な文法は無く、教科書の紙面からのみの難解な単語も有りません。有るのは歌の歌詞を教わりながら、みんなで歌うことだけ。

最近の英語教室でもCDや外国人を利用していますが、それよりも【まずは楽しみながら】英語に親しんだ方が良いでしょう。外国人講師がいても話が苦手な子もいますし、ノウハウ物のようなCDに関心を示さない子もいるでしょうから。

幼年期の英語教育は楽しめるように、音楽や、その他の勉強と組み合わせるのが1番だと思えるのです。音楽の授業では時にCDを利用して英語の歌を、英語の授業ではDVDなどを利用して幼児番組なり民話を鑑賞させる。この時期は文法や、余り使わない単語などは必要無いでしょう。これらは義務教育以降でも構わなく、まずは【異なる発音】に慣らす時期だとも言えるでしょう。

門前の小僧習わぬ経を読む、まずは英語を聴き分ける事から始まります。

今のままでは英語教室のCMにも有ったように、オウム小僧ばかりの量産です。いろんな人が話す英語を聴いて、そこに共通する発音が聴き分けられない限りは。

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とまあ、これは私が会社帰りの車の中で聴いてたロックの、その発音を聴きながら考えてた事を書きました。耳学英語、私のはロック訛りなのかも^^、分かりませんが。


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