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2006年10月19日Thu [11:53] 徒然の話題  

青山繁晴の核兵器不要論に

青山氏は「命ある限り、日本の核武装には反対」論者であり、私自身、その考え方に賛同できる部分はあります。青山氏自身、日本の核保有議論は否定していません。寧ろ、その議論が出来る環境こそが、反日政策を採り続ける中華国に対する、一種の抑止力に成り得ると考えるのでしょう。これは「日本の非核3原則をめぐる発言はどうしても看過できない」(リンク切れ)とする、民主党の鳩山幹事長と明確な一線を画しています。鳩山氏は「このような発想では、日本が核の拡散の方向に道を開いてしまうことになりかねない。日本は唯一の被爆国であり、だからこそ核の廃絶に向けて世界をリードしていくべきだ」と続けますが、日本の自由な言論を圧迫してまで得られる益はありません。話し合いとは、中には相手の嫌がる内容も織り交ぜる事で成立します。自分勝手な論理で吼えまくる相手(北朝鮮)を前にして、耳障りの良い話ばかりでは聴きいれて貰えないのは、卑近な例に置き換える必要も無いでしょう。

次に昨今の「核には核で対抗」論者の多くが陥っている盲点ですが、これは何時だったか石原都知事も指摘しているように、中華国と日米の政府では人命の軽重が違うという問題が有ります。同じ規模の核兵器を使用しても、そこで自国の核兵器価値が圧倒的に下がってしまうのです。だから石原都知事はアメリカが中国に負けると言い、私は北朝鮮ごときの相手に核は不要とするのです。

ただ青山氏も、今回は日本の核武装論に絞った話に終始しています。私の知る限り、北朝鮮も象徴的な大量破壊兵器である核の開発こそ見せていますが、残りの2種類に関しては見せていない。貧者の3大兵器である毒ガスや、細菌兵器を見せていないのです。普通の軍事増強志向国なら当然開発するべきの、その種の兵器が、噂すら流れてこない状態とでも言いますか。此方も当然ながら、アメリカの想定範囲にある不確定要素として、朝鮮半島外交戦略に組み込まれている筈ですが。

次に青山氏は「アメリカの犯した戦争犯罪」(民間人を巻き込んだ)と同じ轍を踏む愚として、核兵器の所有に反対しています。氏は「投下は間違いだった。落とさなくても日本は降伏した。民間人殺害は戦争犯罪だ」と続けますが、此方は当のアメリカ歴史学会でも議論が分かれる問題であり、アメリカの原爆投下と旧ソ連の参戦が、どちらが日本の降伏を齎したかが争われています。どちらも戦争末期にある日本に与えたインパクトは強烈ですが、私としては「やや原爆投下優位」としています。僅かだろうが、日本が降伏する時期を早めたのが原爆だったと。あの戦争末期の様な混乱期、特に後に続く東西冷戦を考慮に入れた場合は、この僅かばかりの時間差が、今の日本を形作っていると。

だからと言っても、無差別兵器である核を容認する気は無いのです。残りの2種も。

しかし現実は不思議な事ばかりで、核保有論(世論の約2割)は有るものの、敵基地攻撃能力が真剣に議論されていない。日本の核保有論者達も何処で使う兵器なのか、それが解っているのでしょうか。現在日本の専守防衛は基本的に国内で守る事を想定し、領海外、まして他国相手は想定していません。これでは日本の開発した核兵器を再び、日本国内で炸裂させるような話です。それとも日本の核兵器開発で、一足飛びな有耶無耶で他国攻撃能力を持たそうとする魂胆か。。

時代は隔世、今や日本の専守防衛が他国攻撃力を必要とするのも分かります。何だかんだ言っても日本国憲法が制定された時点で、こんなにも大量破壊兵器が蔓延する状況が想定されていなかった。現代戦では相手に致命的な一撃を与えてから、通常兵器の介入になります。そして防衛は最初の致命的な攻撃を防ぐ能力を要求され、次に肉弾戦(近代兵器で)の防衛に移る訳です。其処に至る戦争の過程で無差別破壊兵器である核と、限定的に扱える兵器のどちらが良いか。考えるまでも無いでしょう。相手国に不穏な動きを察知しても、そこで無差別な殺戮をすれば、それこそ戦争犯罪に成りかねないのです。これが航空機やミサイルによる限定攻撃なら、不穏な動きをした相手が悪いと国民も納得します。

核開発より9条改正で敵基地攻撃能力を持つ事の方が難しいとの意見も有りますが、だとすると自国内で使う核を開発しろに成ります。それが抑止力ですか、何の意味も無いでしょう。

結論として日本に核開発議論は本来、時期尚早になります。しかし「唯一の被爆国だから」とのセンチメンタリズムのみで拒絶するのは、今回の様な、自ら日本の危機を招きこそすれ、世界の核拡散を防ぐ力も無いのです。ここは日本も敵基地攻撃能力を持つ事で「話し合いに圧力も加えながら」も、どの様な話題も国内で活発な議論が出来る土壌を整える事が急務となります。そんな日本も普通の民主主義の国になる事が、本当は中朝に対する最も大きな抑止力になると私は考えます。その先でもまだ恫喝が止まない場合にのみ、事実上の核開発議論をすれば良いと。

この核保有も国内の話し合いが続けられ、それが必要な時には十分な資料を持って国民に示された方が良いでしょう?。周囲国のゴタゴタに振り回された挙句の、急造核保有議論は真っ平御免です。小泉元総理の失策の1つに、あの急造皇室典範改正問題が有った事をお忘れなく。

と、私は思うのですよ。



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Re Comments.

『』 
一ヶ月の前のものに、書き込むのもどうかと思うのですが・・・書きこまさせてもらいます。
青山氏は、私にとって、国際関係、安全保障のあり方を考えるきっかけを作ってくれた方です。
私は、青山氏の本を2冊読みましたが、その中で「北朝鮮によるものでも、テロ組織によるものでも、核兵器よりも危険なのは、BC兵器だ。」と明確に何度も指摘していますよ。
この時期は北の核実験後で、誤ったナショナリストたちが「核保有、核保有」と声高に叫び、それに同調する人々の増加を危惧してあえて、青山氏は核兵器のみに話を絞ったのでしょう。
2006/11/29(Wed) 17:56:19 | URL | 一般学生さん #-[ Edit.]
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