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2006年10月27日Fri [13:22] 日本の話題  

高校の必修逃れ

私は無類の本好きで、大概の教科書は数週間以内で読みきっていました。だから授業中には図書室から借りてきた本を読んでいたり、五月蝿い教師の場合は窓の外を眺めていたり、居眠っていたり。。これでは確かに良い生徒とは言えませんし、その気も無かった学生時代ですね。

さて今回の「必修」逃れですが、地理歴史科の教科書に書かれているのは、私の感覚では本の目次に相当する様な教科です。その中のひとつである「世界史」にしても、たかが一冊の教科書に収まる歴史などは概要でしか無いのです。だから目次なのですが、その目次すら知らなくて先に進めないのも事実です。学校側は生徒の受験対策と言いますが、私には教育の放棄にしか思えない対応です。いくら受験には関係の薄い教科と言えど、生徒に一つでも多くの引き出しを作ってやるのが教育だと思うからです。

まあ私の様に授業中に好き勝手してた人間が言うのも何ですが、基本である教科書の内容は記憶した上での好き勝手ですから、大目に見てくれてた教師も多かったのです。とくに、男性教師方面には。。

さて、私の仕事関連に絡めて意見を入れてみますか。

[高校「必修」逃れ]「受験偏重が招いたルール無視」
(2006年10月27日1時32分 読売新聞)

「生徒の受験対策のためだった」。多くの高校が、そう釈明している。難関大学への合格実績を高めたいという学校側の思惑もあったろう。

だが、教育現場でルール無視があってはならない。


製造仕様書には使う材料と工法が定められていますが、今回の問題はユーザー側(大学)の承諾なしに違う材料を使用した事例に近いと思われます。本来は3つの材料を混ぜる必要が有るのに、一部高校が勝手な工法の変更によって1つか2つの材料しか使っていない事例です。

この場合の工法とは、ユーザー側が高校生一般としての基礎知識を求めていたのに、高校側がユーザー側の使用目的に合わせた勝手な変更を無届で行ったと言う事です。これではユーザー側の計算(大学生としての基礎知識)に合わない事例も考えられ、引き受けるとしても特別の管理が必要になります。普通の場合なら返品ですが、そうも出来ない場合はペナルティーを取ります。つまり今回卒業見込みの生徒に対する補習は当然として、それ以前の卒業生にも大学で教育の場を与える為の費用、また大学側も理不尽な迷惑をかけられた事に対する慰謝料です。

全国各地の高校で、卒業に必要な必修科目が教えられていなかった。多くは進学校だ。教育委員会に対し、必修科目を履修しているかのような虚偽の報告を行っていたところもある。

国の定める学習指導要領には、生徒が学ぶべき学習内容の最低基準が盛られている。中でも、全員が履修しなければならないとされているのが必修科目だ。

問題になっている地理歴史科は、「世界史」が必修で、併せて「日本史」か「地理」のいずれかを選択履修することになっている。つまり「世界史プラス1科目」が必修だが、履修漏れのあった高校では、1科目しか選択していなかったり、2科目をとっても世界史を履修していなかったりしたという。

「受験に不必要な科目は学習したくない」。そんな生徒の要望に押され、指導要領に反すると知りながら、規定に背いた学校、教師が多かったようだ。

だが、そこで受験科目以外の教科を学ぶ必要性を、生徒に説得することが教師の役目だったのではないだろうか。「受験に不要」の理屈がまかり通れば、体育や芸術、家庭科などの授業も意義を失うことになる。

結果的に、生徒から他の科目を学ぶ機会を奪った。これから履修させるため、卒業までに残された5か月間で70回の授業を受ける負担も背負わせた。二重の意味で、学校と教師の責任は重い。


ルール違反が常態化している様な業者とは関係を絶ちますが、今回の事で公立高校離れが加速すれば益々と格差が広がります。それは業界全体を考えた時には不適切であり、実際は関係各所の指導による学校側の反省を待ちます。特に今回は2度目の違反であり、3度目は無いとの覚悟が必要です。

こうした履修漏れは、かなり以前から高校にはびこっていた。5年前にも西日本で表面化したが、抜本的な対策は講じられなかった。さらに、地理歴史だけでなく、理科や情報などの教科でも、一部不適切な履修が行われているようだ。

この際、実態をすべて明らかにした上で、文部科学省が各教育委員会を通じ、適切な改善指導を行うべきだ。指導要領に従い、きちんと授業を受けている生徒や保護者らに、不公平感、不信感を抱かせるような事態は避けねばならない。

現在、文科省は学習指導要領の改定作業を進めている。「国際化の進展」を重視して「世界史」が必修とされたのは1989年だ。最近は「自国の歴史・文化の理解がまず重要だ」と、日本史の必修化を求める声が高まっている。

どちらを必修科目とするかを学校ごとの選択に任せるべきだ、という意見もある。幅広い見直し論議が必要だ。


仕事がらみを離れて、今回の露呈は仕組まれていますね。教育改革を旗印にする内閣と、それに反対する教育界や野党にとって不利でしかない。生徒の立場になって考えてみれば、それでもやはり本の目次くらいは覚えている必要が有るのですが。。

最近は幼い時から『ゆとり教育』に慣れ親しんでいて、本来覚えておく事も教えられていない。その皺寄せが高校(特に公立)に押し寄せている訳ですが、未だに知識の詰め込みが悪いなんて根拠の無い信仰を抱いている人が多いのも事実です。何がその人にとって必要で、必要でないかは学んでいる人本人次第な話です。極端な話として音楽も、知らないで済ませられる教科には違いないのです。人間に本当に必要なのは新聞を読めるくらいの国語力と、つり銭を間違わない程度の算数でしか有りません。後の総ては詰め込み以外の何物でもなく、それを弄んでいるのが『詰め込み教育拒否派』な訳です。

子供達の個性は様々で、一見すると無駄な授業が多く感じるのも当然です。しかし実の親でも無い教師が個別に個性を発見するのは容易ではなく、勢い全教科の羅列になる訳です。この羅列じみた教育は無駄に見えるかも知れませんが、私が何度も目次として表現するように、その子供の中で時期を待つ種子の様に埋め込まれるのです。今は必要が無くとも、何れ花咲ける様に。それが教育です。その目次から何時か花咲いた知識欲が、やがて人生の潤いになるのなら立派な教育だった訳です。

今回の「必修」逃れも長い目で見れば損得計算が逆転し、有名大学は出たものの『役立たず』な人間を増産しただけかも分かりません。「世界史」「日本史」「地理」の「地理」は生来の方向音痴である私には苦痛な授業でしたが、後の2つは授業中に夢中で読んでいた本(図書室の)です。あらら、私が授業に全く関係の無い本を読んでいたと思いましたか?。そこまでは、図々しくない^^;。しかも私がネットに出てきた理由が遥か以前に書いた記事、当時は忘れていた科学への興味からなのです。私の中に目次として残っていた、それらの知識が私を導いたとも言えるのです。その様な目次すら教えられずに、その後の人生を味気なく過ごすなんて、これは考えただけでも『損』をしたとは言えないでしょうか。私の場合は科学でしたが、これが音楽では、美術では、本を読む楽しみだとしたら、どうですか。

ちなみに最近は「自国の歴史・文化の理解がまず重要だ」と日本史の必修化を求める声も有りますが、日本史のどの部分だと思いますか。日本の歴史も深くて、授業程度では絞る必要が有ります。だからこそ私は専門書も読んでいたのですが、そこまでは期待できないでしょう。だとすると範囲は明治維新以降の歴史で、かつ、太平洋戦争前後の部分を教えたいとの声も大きく成りそうですね。しかしこれは心理学から言うと愚の骨頂で、より一層の死蔵目次化を促進するだけです。誰だって(子供だって)暗い話ばかりでは興味も持てず、そこから花の咲く可能性は少ない。今や日本とアメリカに戦争が有ったなんて知らないと平気で言う若者が増えている背景には、そんな戦後日本の歪んだ教育が大きく寄与しているのです。

本当は生徒が楽しんで学べる様な、そんな授業と教師が必要なのです。楽しめる授業内容に、楽しく教えられる技能を持った教師が。それには専門分野に特化し、生徒に愛情を持つ教師が必要です。この地理歴史科分野では妙な思想を持ち込む事無く、純粋に面白可笑しく教えるのが基本だと思います。長い日本や世界の歴史を思想絡みで教える事は不可能で、まずは子供達に関心を持ってもらう事が重要なのですから。

そしてもう1つの重要な事は、世の中のルールを教える事です。

さて、今回の必修逃れはルール違反の何物でも無いでしょ。教える側がルール違反をしているなんて洒落にもならない、まさに『教育は死んだ』と言わせる愚行に手を染めただけです。



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