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2005年08月20日Sat [15:59] 雑学の話題  

日本人の精神世界(1)

日本人にとっての神とは、古く古事記によると「宇宙の初めの混沌としたものの中から天と地がはじめて分かれ、まず三柱の神が生まれた」と記されています。

この神とは天地を主宰する天之御中主神(アメノミナカヌシノカミ)であり、万物を生成する力を持った高御産巣日神(タカミムスビノカミ)、さらに同じような力を持った神産巣日神(カミムスヒ、カムムスビ)です。

天之御中主神は天上の神聖な世界の中心にいる神であり、「ムスヒ」の「ムス」は「生む」であり、「ヒ」は神秘な霊力を表わしています。

この古事記は712年(和銅5)に完成した漢文からとされていますので、8世紀初頭の日本では、「まず混沌(カオス)の状態が有って、そこから天と地が分かれ、そしてはじめて神が生まれた」と、そう日本人がとらえていた事が判ります。

古事記から遅れること、720年(養老4)に成立した日本書紀にはこう有ります。

「太古の昔に、天と地がまだ分かれず、陰陽の別もまだ定まらなかったとき、鶏の玉子の中のように混沌として固まっていない中に、ほのかで暗く、よく見えない何かが生まれた」

この日本人の神話に近いものとしては、お馴染みのギリシャ神話が有ります。ギリシャ神話では世界のはじまりを、以下のように語っています。

******************

世の始まりには、ただカオス(混沌)だけがあった。そこにある時、母なる大地の神ガイアが生まれた。ガイアは、一番初めの神である。そしてガイアは眠りながら、天空神ウラノスを生んだ。

ウラノスはガイアの子ではあるが、夫でもある。二人はこの地上に木、花、鳥、獣を生み出していった。その他にも百腕の巨人(ヘカトンケイル)や三人の一眼巨人(キュプロクス)など多くの巨神族を生んだ。

しかし天空神ウラノスは彼ら巨神族の力を恐れ、いつか神々の王である座を追われるのでは無いかと彼らを地下のタルタロス(地獄)に幽閉した。その権力を奪われないように。

******************

こうしてギリシャ神話の物語は始まり、壮大な神話世界が幕を開けるのです。しかし注目すべきは、共にこの世界が混沌(カオス)からだとする事です。

そしてその混沌は普段私達がイメージするような、どうも殺伐とした状態では無いと言う事です。ふわふわとした、どうも捉えどころの無い状態だと言えるでしょう。

また神が神を生むと言う、幾らでも分裂が可能な神とも呼べるでしょう。

これらに対して、一神教の神々(変な言い方ですね 笑)は異質です。旧約聖書の冒頭「創世記」では、こうなります。「はじめに神は天と地を創造された」と。

つまりキリスト教にユダヤ教、イスラームでは、まず神の存在があり、その神によって天地の創造があったと考えられているのです。神の存在が前提で、唯一絶対で、生まれたのでもなく、また新たな神が生み出される事も無い。それが、これらの宗教の持つ世界観です。

しかし私がワザと一神教の神々と書いたように、実はこの神も分かれるのです。それが現実を見た場合の、同じ旧約聖書を典拠として教えと実践が展開する筈の前記三宗教(キリスト教・ユダヤ教・イスラーム)です。

もっともこんな見解は多神教の私が感じるだけで有って、これらを信奉する方々からは非難の声が轟々と上がりそうですね。
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靖国参拝の是非 何年か前に書いたものですが再録します。公式参拝賛成派の意見は概ね次のようになるかと思います。○神道は宗教というより日本人の心情に近いものである。 人は死ねば皆、神になる(罪は消える)、亡くなった者を慰霊することは 人の道として当然である。そしてもっと積極

2005/08/21 06:01:40[学問の冷や水]  

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