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2005年08月30日Tue [11:29] 自分の話題  

贈る言葉(1)

普段、誰もが何気なく喋っている、この言葉というのも面白いものです。時に、その言葉は発した本人すら想像もしない位、相手の生き方、人生にまで影響を与えてしまう事が有ります。

私もまた、幾つかの言葉が心の中に刻み込まれています。発した本人すら気づかず私に贈ってくれた言葉。そんな生の言葉達を書きとめ、私は私の息子達にどんな言葉を贈ろうかと悩みます。

人の嫌がる仕事を、率先してしなさい

これは私が社会に出る時に、父が私に贈ってくれた言葉です。この世には人が嫌がるような、そんな仕事が多く有ります。例えば、営業ならば出来るだけ有利な仕事をしたい。自分の売る商品は何処よりも競争力があって、相手もそれを買いたいと欲しているなんて状況ですね。教師ならば、自分の受け持つ生徒達はすべて優秀で、大人しい子ばかりなら良いな。これらが、人の求める仕事でしょうか。

それを、私の父は否定したのです。そんな楽な道ばかり考えていないで、どんどんと困難な道(仕事)にも挑戦してみろ。でしょうか。

当時の父よりも、歳喰った私は考えます。でも、未だに最終的な答えは出ません。

仮に、この言葉を自分を意味のない高所に置く事無く、常に自分を前線に置け。そして常に考え、より高みを目指せとの意味に置いたら。

仕事を金のためと割り切るのは簡単だけど、そんな仕事で一生を費やすのは空しい事です。また仕事一本の仕事人間でも、これまた空しいものです。

私の若い頃「お前は会社に遊びに来ているのか?」と、一部の先輩達に叱られた事が有ります。「そうです!」と、私も悪びれずに言い返したものです。これは独身時代の私が用も無く会社に入り浸り、形程度に少しばかりの仕事をこなしては、また違う事(ぶらぶら散歩)をしたりしてたからでしょう。

これは普段の仕事中には忙しくて掴めない仕事の勉強や、会社内部の事を吸収していた時期になります。当然ながら、そこには当時の先輩達が言うような、その時点での私が知る必要も無い事だって多々有ったでしょう。そんな事ばかりに首を突っ込みたがる私だったから、先の、「遊びに来ているのか?」になるのです。

だから私の答えた「そうです!」こそが、当時の私が出した父への回答でも有ったのです。遊びだからこそ、どんどんと困難な事にでもぶつかって行ける。遊びだからこそ、どんどんと「より良く」と考えてもいける。

こんな私の仕事に関する考え方を不謹慎だと感じる方も居るでしょうが、自分の一生を賭けた仕事を楽しみながらこなすのと、または金を得るため、または仕事こそが命と惰性でする仕事と、どれが良いのでしょうかね。

何時も何か工夫を考えていて、その為には時間も労力も惜しまない。それは自分が普段の仕事を如何に楽なものに変えられるか、自分も他の人達も喜べる、その為の労力ならば。だけど、それはやはり私の遊びです。当初は、誰も私にそんな事を要求などしていなかったのですから。

そして職人と呼ばれた先輩達の多くは去り、そんな先輩達の技を数値・手順化した私は残っています。何とも言えないのですが、私の求める仕事は、まだまだ別のトコロに有るのです。考える職人(匠)こそが私の追い求める理想であり、機械で再現できるような技に慢心しているような人は要らない。と。。。

まだ私の勤める会社は大企業と呼ばれ、そんな先輩職人達も他部署で元気にして居られます。それが、少しは救われる。遊び感覚で次から次へと職人技をコピーし、新しい機械に展開していった張本人の私としては。。

ほんの、大きな会社の中の、ごくごく一部でのお話なのですが。

まだまだ父の出した言葉の宿題は残り、私の中で旋回します。誰もに喜んで貰えるような、そんな私の仕事とは何だろうと。
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