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2005年10月03日Mon [10:04] 徒然の話題  

イデオロギーの必要性

日本人はイデオロギーと聞くと、何か政治的に偏った思想のように感じるみたいです。しかし本当の意味を考えてみると、これは
社会集団や社会的立場(国家・階級・党派・性別など)において思想・行動や生活の仕方を根底的に制約している観念・信条の体系。歴史的・社会的立場を反映した思想・意識の体系。観念形態。

に成る訳です。

つまりこれは、セールスマンが自分の扱っている商品を自信を持ってお客に勧めるのもまた、その人のイデオロギーによるものだと言えるのです。また警官が自分の危険をも顧みずに容疑者を追いかけるのも、また警官の持つイデオロギーとも言えるのです。

この個人や集団による思想や行動は、時として他者から見て奇異なものと見えます。これは
一般に、政治的・社会的な意見、思想傾向。

の方が、より目に付くからなのでしょう。戦後日教組を初め左翼の思想や行動が、如何にも日本の為には成らない事だと、だからイデオロギーとは如何わしいモノとされているのでしょう。

日本も高度成長期には、人々がガムシャラに働いて日本という国を欧米先進国に近づけようとしました。それが「豊かになりたい」という当時の日本に住む人々が持っていた信仰とも呼べそうな思想や行動であり、イデオロギーなのです。

それが何時しか日本が程ほどの成長を達成した頃から、何故か悪いものとして忘れ去られようとしています。それが現在の、日本が抱える病気では無いでしょうか。

今や巷に溢れるフリーターは就業と失業を繰り返し、己だけが信じる「自由な生活」を満喫しています。勿論、皆が皆でないとは知っていますが、そのような人達もいるのも現状です。

そして会社や企業もそれに乗じて、自分の利益のみに奔走します。それは正社員を雇い入れるよりも安価な労働力であり、流動的な景気に対応はしやすいのですから。

この安価な労働力と、それを欲する雇用側には仏教で言う小乗の精神はあっても、他人を思いやるというココロは有るのでしょうか。

私は何度でも書きます。「人間は弱い生き物」なのだと。

誰だって勝手気儘に生きていけるのなら、そっちの方が楽しいのです。私だってね。

高度成長期の日本人達はまず「日本という国を豊かにする=意思=思想」という目的がありましたが、今の日本人には何か有るでしょうか?。「月に人類を送り込む」「ヒトゲノムを解析する」などは優れた目的でしたが、これが日本の政治家から語られた事があったでしょうか。

私は思います。

人々を、日本人をポジティブな目的に向かって纏め上げる為の政策が必要なのだと。それが新生日本のイデオロギー政策=思想として必要なのだと。そしてこの新しいイデオロギーを、日本が世界に発信して行くのが、本当はとても必要なのではありませんか?

そしてイデオロギーは私たち一人一人が創りだしては、管理するものです。政治家は私達が選出するのだし、役人も私達と同じ日本に住む同じ日本人です。彼らが何か別世界の人々と感じられる間は、それは貴方が、皆さんが御自分達の責任を放棄しているからです。

所詮は政治も民度に応じたレベルでしか有りえないし、変わる必要が有るのは私達です。

私達が皆「日本を、世界を良くしたい」と考え、動かない限りは何も変わらないのです。それが今回の「イデオロギーの必要性」であり、本当にもう一度考えてみるべきだと思うのです。

他人任せは、所詮は失望への道です。

六カ国協議も他国頼みを止め、また過大な国連信仰も止めるべきです。まずは自分達が日本の世論を創りだして、それで日本の政治家を動かし、世界を動かすとの意気込みこそ必要なのです。そうは思いませんか?。

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