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2006年01月12日Thu [11:37] 日本の話題  

限界集落問題

縦並び社会・格差の現場から 限界集落(一部引用)
(毎日新聞) - 1月10日15時27分更新
日本は京都議定書で、二酸化炭素など温室効果ガスの6%削減を義務づけられた。うち3.9%を森林で吸収する計算だが、整備が十分な場合の数字だ。全国の人工林の約8割は未整備で、国は地方公共団体に対策を求める。しかし、早川町で放置されている私有林を1回間伐するだけで約10億円かかる。しかも3割前後は地主の負担だ。

長谷川さんは言う。「年金で細々暮らす地主のじいさんたちに出せるか。森はお前らが守れと言われても、できん」過疎と呼ばれた時代より加速度を増し、消滅の危機にある日本の「限界集落」。旧国土庁の調査では99年からの10年で419、その後は1690の集落が消えるという。

人手不足で森の荒廃が進み、大雨のたびに大量の土砂が流出する。放置林からの流出量は、間伐林の10倍に達するという。この2年間、村内約100カ所で土砂災害が起き、復旧工事費は村の年間予算を超えた。

これは執筆者の意図を超えた、まさに現代日本が内包する問題を炙り出した記事だと思う。

かつて半ば国策により植樹されてきた植生の、今はその管理に追われる地方と、それでも効果的な対策を打てない日本社会を映し出しているのだ。これが原生林のままならば、このような問題が大きくクローズアップされないのだから。

さて、これはかつて長野県で見られたダム推進派と反対派の争いにも似て、今の植生が必要か否かは早急に判断する訳にもいくまい。無駄(そう見える)な公金投入を批判していたダム反対派も大地震による水災害の後では静かになったように、これは目に見えないリスクとコストを天秤にかける必要があるのだ。つまり、日本の地震対策とも繋がる。。

近い将来に予想される近畿圏や首都圏の大地震の後では、その被害程度により外来産材木の確保が困難になるとも予想されるではないか。建築現場では、例えそれが鉄筋コンクリートの建物であっても材木は必要なのだ。

しかし未だ、誰もこの日本が抱える死蔵材木を活用していないのではないか。これらの材木を大量に社会に流通させる道筋を整備していないと、本当に必要な時には使えない。また、どこまで地方を財政支援しても、このような限界集落問題は解決するまい。ここで必要なのは、地方が真に活性化する方策を考える事だと思う。

縦並び社会だとか格差は、これは日本が邁進してきた中央集権(大きな政府)の問題である。李朝朝鮮の例でみると中央集権こそが横並びの社会を抹殺し、人々を個々の細片に分断し、より身勝手で扱いやすい国民を量産する方法なのだ。

まあこんな事をグダグダ言っていても詮無いので、まずは問題を問題で無くす方策でも考えてみようと思う。そう、この死蔵材木を活用するのだ。

確か東京都だった筈だが、スギ花粉症対策に【より花粉の少ない種類のスギ】と植え替える事業を始めている。東京都は資金繰りが豊かだからと指を咥えていては駄目で、これがタダで各地の材木を伐採し、好きに利用できるとしたらどうか。国有林や地方所有の森林にある材木を条件付で開放し、民間に手入れさせるのである。

条件としては樹種の変更なり、間伐でも良い。これに応じたゼネコンなり新規の業者には、相応の補助を付けても良い。必要なのは森林の保全であり、地域に長期的な雇用(それは手作業ではなくて、かなり機械化される筈だが)を齎す事なのだ。

北欧のように森林は、財産は活用してこその財産なのだ。豊かな北欧家具の数々は、森林を生かしてきた人々の知恵の結晶なのだ。それが日本人には出来ないなどと、短絡的に考えすぎてはいないだろうか。森林の使い道など考え方次第で如何様にも出てきそうなものだが、どうだろう。
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